惑星ハゲタガ<ハゲタカ>(Valture、禿鷹)クリタ家占領地域新武烈<ニュームヨル>市内、レストラン店舗。
戦士の一族。しかし武器を失った。
ウォルコットは正面の席に座った軍服を見ながらそう思った。
戦士の一族の子女は、生まれたときから戦士として生きる義務を与えられ、戦士として生きる術を与えられる。江戸時代から続くという名門、バナーベアラー家の長女として生まれたこの小隊長も例外ではない。いや、例外どころか、すこぶる優秀な戦士だという。体つきは小柄で細身だが、決して侮れない。彼自身も、彼女を暗殺しようとした仲間が、高速振動刀<ビブロブレードカタナ>で咽喉を割かれるのを、目の当たりにしている。その彼女にとって最大の武器であるメックは、いま、彼女の支配下には、ない。クリタ家の支配に抵抗するレジスタンスの手によって移送トレーラーごと盗まれたのだ。
戦士にとって、メックはもっとも大切なものである。多くの場合、戦士自身よりも。戦士階級の戦士階級たる特権を約束してくれるのは、その一族がメックを保有しているからであり、気圏戦闘機<ASF>を保有しているからである。小さな家の場合、ただ1機のメックによって家が成り立っていることもある。メックは最大の武器であり、最大の弱点である。これは覚えておいたほうがいい。とくに、命綱が必要な場合には。
その横に座る副長は、小隊長とは対照的に氏素性は定かではない。彼について書かれたファイルはごく簡潔だった。傭兵部隊カーライル機甲兵団(グレイデス軍団の前身だ!)の生き残りで、メック戦士としての腕を買われてクリタ家に仕えている、とのことだ。これだけ書いてあれば十分。要はこういうことだ。油断するな。今は危険な仲間だと思え。今は。
「それで。要求は?」名前でも聞いてくるような気安さで、小隊長が尋ねた。
彼は額の汗を拭きながら二人の軍人の背後を眺めた。視線を横にずらして厨房の入り口、そして店の出入り口を順繰りに見やる。3人がいるのは店の一番奥の席。横を向けば店の全貌を眺めることができる。不審な人物が店に入ってきたり、3人を観察したりすれば、すぐに気がつく。しかし今は、彼らのほかに客の格好をした者はいない。この2人の軍人たちも落ち着いている。大丈夫だ。
安心して、彼は言った。
「起爆装置の解除コードと、搭乗者識別保安システムの解除方法」
ただ用件だけを簡潔に述べる。挨拶やその他の無駄な言葉で会話を楽しむような相手ではない。口に出るとしたら、すべて意味のある言葉だ。
小隊長は目を細めた。
「それを尋ねるということは、指揮官機のシステムは解析されている、という事ね」やや険を増した表情とは違い、口調は相変わらず気楽な調子だ。口笛を吹きながら喋られても違和感がないのではないか。ふと、彼はそんなことまで考えた。他人に本心を悟られないための偽装か、それとももともとこういう喋り方しかできないのか、いかにも軽薄そうな口調を改めない。こと、交渉ごとで一番危険なのがこの手合いだ、と彼は警戒することにした。
「そのとおり。レジスタンス側の技術者<テック>は、保安システムが初期化されたり、保安システムを迂回してメックが起動された場合、仕掛けられた爆薬がメックの機能を効果的に奪うことをつきとめた。そしてメックの全身中枢をアンテナとして利用した送信装置が機能することもね。」
彼女は面白そうなまなざしの先を彼の眼の中心にぴったり合わせると、彼の言葉の後を継いでみせた。
「そして、あなたがたの技術者では無力化できなかったということも分かるわ」
まなざしに気おされるように彼はうなずいた。それはそうだろう。一歩間違えればせっかく手に入れた、この惑星上に4機しかいないメックの1機を失い、レジスタンスの拠点の位置も知らせてしまうのだから。もっとも、解体作業を基地外でおこなえば、失うものはメックだけですむ。
彼はもう一度、額の汗を拭うと、懐から大事そうにシガレットケースとライターを取り出した。
「お煙草は」
そう彼が尋ねると、小隊長は本当におどろいた、という顔をした。
「この星にはそんなものがまだ存在するの」
「ごく普遍的に。そう驚くことはないでしょう、アヘンが合法的な星すらあるのですから」
でも、結構。煙草は呑みませんから。と小隊長が言い、副長が追随すると、彼はシガレットケースを彼女の目の前に置いた。
いいシガレットケースね。と彼女が言った。年代物だ。と彼がこたえる。
「じゃあ、本題に移りましょうか。それらをあなたに教えたら、一体何が起こるのかしら」
彼は我知れずいずまいを正した。これからが本番だ。
「軍事力に自信を持ったレジスタンスは兵力を集中して一挙に攻勢に出ようとするでしょう。そこを叩いて一網打尽にする事ができます。4機のメックで」
ゆっくりと「4・機・の・メッ・ク・で」と発音するウォルコットに合わせるかのように、彼女の目が細められる。視線はシガレットケースから動かない。副官の目も、おなじ葉巻入れに注がれた。腹の底から押し出すように、ゆっくりと声を出す。口と声帯以外のどこも動いていないのではなかろうか、と彼は思った。
「レジスタンスのメックに裏切り者が搭乗してくれる保障は?」
このわたしだ。と彼は答えた。いまのところレジスタンスにメック経験者は他にいない。だから私が乗ることになる。
「かくて君たちはメックを取り戻し、わたしは家族を取り戻す。いい取引だ」
「そうね」
でも、と彼女は言った。
「渡せるのは保安装置の解除方法だけよ。爆薬の除去方法と送信装置の無効化パスワードは保険にさせてもらうわ。」
そういうと、話をしているあいだじゅう眺めていたシガレットケースを置き、足元からスーツケースを取り出した。
スーツケースから2冊のメモ帳と1機の発信機をとりだし、メモ帳のうち1冊だけを彼に渡す。
ほう、と彼は息をついた。
「まあ、仕方がなかろう。ところで、そこの残りの2つは、爆薬の解除法と発信機用のパスワードかい」
小隊長はうなずいた。おそらく発信機の電波を受信している間は爆薬が作動しない、というしくみなのだろう。
そんな無造作に机の上に広げて、無用心だな。と彼が笑うと。彼女は、不審な客は見当たらないわ。と答えた。
彼女がそう言いながら再びシガレットケースを取り上げたとき、テーブルがひっくり返った。
まるで彼がテーブルを転がすことを予想していたかのように、ウェイターの1人が近寄ってくる。転がった発信機とメモ帳を、すばやい動きでそのウェイターが拾い上げる。そのまま、ウェイターは店の奥に駆け込んだ。
ウォルコットも動き出している。もはやこの二人の軍人は危険な仲間ではない、危険な敵だ。
小隊長が手に取ったシガレットケースを投げ捨て、銃を抜こうと行動したとき、すでに拳が目の前に迫っていた。ホルスターに届いたばかりの手が、構えの姿勢までの50センチを移動するよりも、眼前の拳が10センチ前進するほうが早かった。
鉄拳が彼女の顔面にめり込み、鼻を折る感触を彼は感じた。そのまま彼の体は遅滞なく動き、あっけに取られている副長のこめかみに肘を突き刺し、みぞおちに一撃を叩きこんだ。倒れこむ副長を確認もしない。最後に、頭をふらつかせながらも起き上がろうとする小隊長に、今度は蹴りをくらわせて沈黙させる。そして彼は先ほどのウェイターが逃げたのと同じ、店の奥に逃げ込んだ。
「よくやってくれた、ウォルコットくん」
ティー司令は整備の終わったドラゴンファイアを見上げながら、ウォルコットの作戦を褒め称えた。君の名誉は何をもって称えたらいいのやら見当もつかんよ。しかし裏切り者を装ってか。すばらしい作戦だった。われわれはついにドラコ連合に対抗する手段を手に入れたのだ。
しかしウォルコットは、レジスタンス指揮官のあつっぽい賛辞よりもこのメックの数奇な運命の方がよほど気になった。75トンの鋼鉄の魔物は、3世紀とここ数週間の枷から解放されて、ようやくその真価を問われようとしているのだ。おそらく、ティー司令の意思とは違った方法で。
感慨は、轟音によって破られた。
大地が、いや、天井が激しく揺さぶられる。間接砲撃。ではない。クリタ家秘蔵のアロー4超長距離ミサイルか。ほぼ15秒の間隔を置いて発生する衝撃――アロー4ミサイルから分離した無数の小型弾頭が引き起こすものだ――から、ウォルコットはミサイル発射筒の数は2基だと判断した。
本来、アロー4は目標位置誘導枷<TAG>の電波で誘導して間接攻撃をおこなうためのものだ。が、これだけ目標が大きければ誘導は必要がない。電波誘導があれば、メックや砲台のような小さなものにでも当てる事が可能だ。それにしても、すさまじい威力だ。4分の1分ごとに驟雨が襲ってくるような錯覚を覚える。小さな丘に偽装したこの要塞は、多量の土砂に守られているというのに。
彼は天井にさまよわせていた視線を、それから体の向きを、ドラゴンファイアの方に向けた。
―ドラゴンファイアは、傑作機MAD−3Rマローダーの次世代後継機として開発された。
考える間こそあれ、ウォルコットははしごを駆け上って操縦席に滑り込む。制止するものはだれもいない。当然だ。
―しかし、ステファン=アマリスによる星間連盟の簒奪と、人類文明の崩壊とが、ドラゴンファイアをして陽の目を見させなかった。
苦労して手に入れた保安パスワードでシステムを起動する。完動状態だ。すばらしい。
―他の同世代機3機種とともに歴史の影に埋もれてしまったドラゴンファイアが再発見されるのは、3028年にグレイデス軍団が古代文明の技術の復興に成功してからのことである。
火器管制オールグリーン。主武器ガウスライフル弾薬、OK。LB10−Xオートキャノン弾薬、通常弾薬ながらOK。滑空砲<オートキャノン>の弾薬が通常型のものしか手に入らなかったのはかえって好都合。
―文明の崩壊で歴史の影に、か。まるでこの惑星のようではないか。
隔壁が次々と閉ざされ、砲手要員が持ち場目指して駆けていく。星間連盟時代の静止要塞<SF>を利用したこのレジスタンスの本拠地は、人員さえいれば非常に高い抵抗力を持つ。外側からの攻撃に対しては。
―継承権戦争によってこの惑星ハゲタガを含むタマラー協定領は、ドラコ連合とライラ共和国の間で揺れ動いた。
ドラゴンファイアが立ち上がり、ガウスライフルと滑空砲<オートキャノン>を隔壁に撃ちこんだ。とどめとばかりに大口径レーザーとキックも加える。メックの脚を伝う振動とともに隔壁が内側からはじけ飛び、外界と要塞内部とを隔てるものは存在しなくなった。オートキャノンの弾薬が通常弾頭だからこそ、厚い防護板を打ち破ることができた。もし散弾だったら、ガウスライフルと大口径レーザーだけで破らなくてはいけないところだ。
背後からの被照準警告。振り返りざま、左腕のガウスライフルから高速で弾体が射出される。初弾は外れ。鉛と劣化ウラン製弾頭を持つ合金の弾丸は外壁を突き破り、基地の外へと飛び出していった。そこでようやく敵を視認、装甲車両だ。続いて胴中央の大口径レーザーが目標を貫いた。
―復帰運動。救援。無視。弾圧。そろそろ自分たちの手で、どちらの国家にも頼らない、独自の国家を持ってもいいのではないか。
すでにアロー4による攻撃は休止している。ドラゴンファイアは格納庫から出ると、3基ある砲台を次々と撃ち抜いていった。地上構造物をあらかた吹き飛ばした後で、彼は通信機を動かした。
「バナーベアラー中尉。固定構造物による脅威は排除した。制圧用の歩兵を送ってくれ」
「よくやった。ウォルコット」
ティー司令とは逆に事務的な声でバナーベアラーが答える。おそらく折れた鼻にサポーターを添えているのだろう。やや声がくぐもっている。映像が開かない以上、確認のしようがないが。
そんなウォルコットの考えにはお構いなしに、彼女は淡々と命令を下す。
「そのまま要塞北の高台を占拠して、生き残っている敵性車両を狙い撃ちにせよ」
了解、とだけ答えて、ウォルコットはドラゴンファイアを高台に上らせた。
「これだけの戦果をあげて、あなたの武士道もさぞ満足した事でしょう」今度はウォルコットが軽口を叩く番だった。自らの考えた作戦が図に当たった、という充足感が彼を満たしている。そして、この後で強制収容所に囚われている家族と再会できるという幸福感も充足感を後押ししていた。
「まだこれからだ。私の武士道はまだまだ満足していない」通信機が答える。あのレストランで見せた口調は、やはり偽装だったんだな、とウォルコットは判断した。
遠目に見える要塞では次々と歩兵やバトルスーツ(※1)が要塞内に侵入し、降伏したレジスタンス兵たちを一箇所に集めている。レジスタンスたちはウォルコットに対して怨嗟の声をあげているようだ。ふん、妻と娘を救出するためだ、どう恨まれようと知ったことか。
そのとき、ウォルコットはガーディアンECMの異常動作を認識した。本来は電波を使用する機器のジャミングをおこなったり、他のコンピューターの妨害をおこなう機構だが。いまは、ジャミングというには出力の小さい、特定の周波数の電波を発信し続けている。
なんだ、これは。
予想しない小爆発がドラゴンファイアの膝間接部で発生した。中枢ダメージ報告が右膝の動作停止を伝えてくる。
まさか。仕掛けられていた爆薬は取り除いたはずではなかったのか。
次の瞬間、轟音と閃光がドラゴンファイアとウォルコットを包んだ。
飛来するアロー4ミサイルの弾頭群が、熱と光と音の競演の舞台を作り上げた。正確に誘導されたミサイルはスペックどおりの命中率を発揮し、たちまちドラゴンファイアをメックから鉄くずに変身させる。わずかに残っていた右側胴のオートキャノンの弾薬が誘爆したが、すでにミサイルの雨の中にいるドラゴンファイアにとってはどうでもいいことだった。それでも緊急脱出装置に火が入り、ウォルコットは機外に放り出された。射出座席の周囲にも容赦なくミサイルは降り注ぎ、その破片の1弾が、ウォルコットの大腿を引き裂いた。
全ての爆発が収まったとき、ウォルコットはまだ生きていた。しかし、負傷箇所からの出血が続いている。止血帯を準備しなくては。右脚部を破片が貫通した以外は特に負傷はない。しかし、この傷一つが致命傷になるものだというのは、素人目にも分かる。
しかし、なぜだ。さっきまで幸福の絶頂にあったわたしが。なぜ死に瀕しているのだ。
「そのメックが君の保険になると思っていた? ウォルコット」
ヘッドセットが小隊長の声で語りかけてくる。
「残念ね。バナーベアラー家は武士道を重んじる家なの。現地人と裏取引した事を家の歴史に残すわけにはいかないのよ。たかがメック1機のためにね。武士道を重んじるこのわたしが、外人なんか信用するとでも思っていたの」彼女はドラコ人特有の、外国人に対するあのいやらしい口調でウォルコットの神経を逆なでした。
ウォルコットはうなり声をあげた。
「そんなに悲観することはないわよ。あなたの奥さんや娘さんにもすぐに会えるから」
どういうことだ。と叫ぶウォルコットに、説明する必要があるのかしら、という冷たい返事が帰ってきた。
だまされていた。利用されていただけなんだ。という事に気づいた時、ウォルコットの胸にふつふつと怒りが湧いてきた。なぜおれは裏切りものと呼ばれなくてはいけない。なぜおれは愛する人と暮らすことさえできない。なぜおれの家族は殺された。なぜおれはここで死ぬ。
「おれはただ誰にも邪魔されずに家族と幸せに暮らしたかっただけなんだ。貴様らさえやってこなければ。ドラコ人だというのがそんなに偉いか。なぜやってきた。なぜ殺した。なぜ奪った! ここはおれたちの星域だ。でていけ。そうすればおれたちはおれたちの国を持つ」
「タマラー人の国。そんなものができるわけがないじゃない」バナーベアラーはせせら笑った。
ウォルコットは怒りに任せてヘッドセットを脱ぎ、放り投げた。ヘッドセットは爆撃でゆがんだ斜面を転がり落ちていく。
ふと、斜面を転がっていくヘッドセットのはるか向こうに、一団が見えた。先頭をいくのは……ティーだ。続いてヘルベルトシュタイン、イ、フォン、ナガサワ、エッチェルバルト、キム、まだまだ続く。
彼はよく見ようと目を凝らした。間違いない。見ると、基地の外壁の一つに穴があり、そこからかつての仲間たちがひとり、またひとりと脱出している。ウォルコットが基地内でドラゴンファイアを暴れさせた時にあいた穴だ。あらかじめウォルコットがドラコ軍に報告した脱出路ではないので、ドラコ兵がマークしていないのだ。
ウォルコットは笑った。ヘッドセットを投げ捨ててしまったので、この勝利の笑いをドラコ人たちに聞かせられないのが残念だ。いや、最期の時くらいあいつらに邪魔をされたくない。これでいい。最高だ。
ウォルコットは死んだ。しかしその笑い声だけはいつまでも響いていた。
3038年。悲願のタマラー協定領独立達成。自由ラサルハグ共和国が誕生する。以後3050年までの13年の間、タマラーの人々は自分たちの国家を仰ぐことができた。
最後にタマラー人の国家について触れてますが、3050年の氏族の侵攻で国土のほとんどを失ってますが、完全には滅んでません。国姓爺鄭成功っぽい状態ですが、わずかに領土は残っております。
ECMが電波で他の機器のジャミングをおこなっているとか、その電波でTAGの代わりをしてアローIVを誘導するとか、ガウスライフルの弾丸で人が通れるような穴が要塞の壁にうがたれる、とかは全部小説上のあやです。妄想全開ー、というかノリだけで書いとりますな。